日本学術会議新規会員任命拒否に対するエントロピー学会からの緊急声明
日本学術会議新規会員任命拒否に対するエントロピー学会からの緊急声明
私たちは知っています。
第二次世界大戦中の日本での悲劇を。そこでは言論統制がなされ、治安維持法が言論と思想を厳しく取り締まり、国策に反対した人々が逮捕され、投獄され、拷問を受け、虐殺された事実を。
私たちは知っています。
ソビエト連邦でスターリンが独裁を強行した時、異なる意見を表明した非常に多くの政敵を粛清・殺害したとを。
私たちは知っています。
ナチス政権下のドイツで学問が政権によって歪められ、言論統制、情報操作が行われたことを。ユダヤ人が迫害を受け、その他の人種的マイノリティ、ロマ、同性愛者などの性的マイノリティ、精神障がい者、反対の論陣を張った政治的マイノリティや聖職者も投獄され、虐殺された事実を。
いま私たちが目にしている政府の学問に対する介入は、自由と民主主義を基調とする国の在り方とは対極にある大日本帝国やナチス・ドイツのような全体主義・大政翼賛国家、独裁国家の建設への道につながる第一歩となりはしないかと危惧されて仕方ないのです。
今般、日本学術会議が新会員として推薦した105名の内6名が、内閣総理大臣によって任命を拒否され、その理由さえも説明がなされていません。このことに対して、日本学術会議は任命拒否の理由の開示と、6名を改めて任命するよう求める要望書を提出しました。私たちはこの学術会議の要望を支持するとともに、任命拒否に対して抗議の意を表明します。
日本学術会議は戦時下における科学者の戦争協力への反省から、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与する」ことを使命として設立されました。それ故に、内閣総理大臣の所轄でありながら、独立して職務を行う機関であり、その独立性、自律性が保たれてきたのです。しかしながら、今回の任命拒否によって日本には学問の自由がない全体主義のような国家ではないか、というような悪いイメージが国際社会に広がり、学術研究活動における国際連携に悪影響が及ぶことが危惧されます。
日本国憲法はその研究内容にかかわりなく学問の自由を保障しています。学術研究は政府から自立し、多様な角度からの真理の追究を行い、その結果として学問の発展につながることによって社会全体の利益にもつながります。従って、この任命拒否は憲法23条が保障する学問の自由に違反する行為であり、研究者にとって極めて大きな問題であるとともに、最終的には国民の利益をも損なうものです。私たちは、私たちが愛する国・日本を、言論・学問・良心の自由が認められない戦前戦時中のような暗黒時代の日本に逆戻りさせることは、絶対に許すことはできません。
エントロピー学会は「自由な議論を通じて、力学的または機械論的思考のみに偏りがちな既成の学会のあり方と一線を画し、より独立性、自主性を重んじた活動」をひたすら重視して設立されました。それ故に、今回の事態を学問に対する恣意的な挑戦と受け止め、この問題を看過すれば日本社会の健全な発展を危うくする重大事として、深く憂慮するとともに強く抗議いたします。
今回任命拒否された6名はすべて人文科学・社会科学の研究者です。かねてより日本政府は、人文科学・社会科学を軽視し、工学系を著しく偏重する傾向があります(それは予算配分の偏りにも表れています)。今回の任命拒否もその延長線上にあるように思えます。このことは、批判的精神を育てない、民主主義を育てないことにつながり、結果的に「国力」(民衆の力)を弱めることにしかならないと考えます。
最後に、学問の自由と学術機関の自治の原則を述べ、ヨーロッパ最古の大学であるイタリア・ボローニャ大学創立900周年記念に合わせて1988年に制定された「大学版マグナカルタ」(大学の自治憲章)をご紹介いたします。現在までに世界88ケ国の904大学が署名しています。是非ご一読ください。
2020年10月31日
エントロピー学会世話人会
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「大学版マグナカルタ」(「大学の自治憲章))日本語版
前文
ここに署名したヨーロッパ諸大学の学長は、ヨーロッパ共同体(EC)諸国間の境界線が4年後に取り除かれるという時期に、ヨーロッパ最古の大学であるボローニャ大学の900 年祭に集まった。そして、すべてのヨーロッパ諸国間の今後の一層の協力関係の緊密化を期待し、諸大学が、変化が激しく国際化の進展が著しい社会において、一層の役割を果たしていくことを人々と諸国家がこれまで以上に認識するようになることを信じ、次のように考える。
1. 20 世紀末を迎えつつある今日、人類の将来は、ますます文化・科学・技術の発展に依 存している。これは、真の大学に代表される文化・知識・研究の拠点において、培われるものである。
2. 若き世代に学識を波及させるべき大学の使命は、今日では、同じく社会全体に対しても波及させてゆくべきである。そしてまた、社会の文化的・社会的・経済的将来においては、とくに生涯教育への投資が求められている。
3. 大学は、将来の世代に対して、自然環境と生命自体の調和の尊重を教え、それを広げてゆく教育・訓練を継続すべきである。ここに署名したヨーロッパ諸大学の学長は、すべての国家とその国民の良心に向けて、大学の使命を果たすために求められる原則を、ここに宣言する。
基本原則
1. 大学とは、自治組織であり、地理的・歴史的経緯を背景に異なる形態で組織化された社会の核心となるべきものであり、研究と教育を通じて文化を創造し、検証し、評価を行い、それを伝えて行くべきものである。
その課題に関する世界の必要性に答えるため、大学での研究と教育は、すべての政治的権威や経済的圧力から、道義的にも学問的にも自立していなければならない。
2. 大学における教育と研究は、不可分の関係にあるべきであり、講義は必要性の変化、社会的需要および科学知識の進歩に遅れてはならない。
3. 研究と講義の自由は、大学生命の基本的原則であり、政府と大学は、各自がその存在領域の中で、この基本的原理の尊重を確保しなければならない。大学は寛容でなければならず、また、つねに対話への道をあけておくべきである。その意味で、大学は、知識の伝達のほか、研究・革新を通じて学識を深める教師と、学識を受容し精神を豊かにすることを認められた有能かつ意欲的学生との理想的な触れ合いの場となる。
4. 大学とは、ヨーロッパの人道主義の伝統・知的財産の受託者である。また大学は、普遍的学識の獲得につねに配慮すべきである。そしてその使命達成のために、地理的・政治的国境線を超越し、多様な文化が相互に影響しあうことの必要性を確認すべきである。
具体的方策
以上の基本的原則に基づき大学の目標を達成するためには、現在の状況に適合する効果的な諸方策が求められる。
1. 研究と教育での自由を守るために、大学すべての構成員が自由を享受できるようその 手段が確保されなければならない。
2. 教員の採用とその地位に関する規定においては、研究と教育が不可分の関係にあると いう原則を遵守する必要がある。
3. 各大学は、それぞれの状況に対して配慮をすることを当然の前提として、学生たちの自由が保障され、彼らの目指す文化の学習と訓練が得られるよう条件を整えなければならない。
4. 大学は、とくにヨーロッパにおいては、情報と記録文書の相互交換、および学習・研究のための共同プロジェクトの実施が知識の増進に不可欠であると認識すべきである。
大学は草創期から、教師・学生間の交流を奨励し、そして各国間の地位・肩書および試験についての差別を撤廃し、さらにその使命遂行に不可欠な奨学金の提供をも展開している。
ここに署名をした学長たちは、それぞれの大学を代表し、自らの権限の下で、各国および関連する組織に対し、この憲章に基づく政策の形成に努めるよう求める。この憲章は諸大学が、一致した願望として、自由に決定し、宣言したものである。
ボローニャ 1988年9月18日
出典:http://www.magna-charta.org/magna-charta-universitatum および
http://www.magna-charta.org/resources/files/the-magna-charta/japanese
最終閲覧日2020年10月29日