えすNo.167 2011.4  後記に代えて

後記に代えて・承前 藤田祐幸
○ついに恐れていたことが現実のものになってしまいました。予測されていた原発震災の最悪の事態が目前に現出し、そのあまりのことに、身のすくむ思いがいたします。このことを早くから予見し、警告を発しつつあったにも関わらず、そのことを防ぎえなかった自らの無力に絶望し、茫然自失の日々を送っております。その間にも住民の被曝は累積し、人々の命を蝕み続けているのです。3月末の現段階で、事態はチェルノブイリの域を超えようとしており、しかも原子炉の状態は予断を許さない状況が続いています。見晴るかす無人の荒野がどこまでも続くチェルノブイリの光景が眼前をよぎります。このままでは多くの人々が故郷を失い、流浪の道に迷い込むことにならざるを得ません。この現実を受け入れたくないと言う強い心の葛藤が私を翻弄しております。
○エントロピー学会はこの問題を論ずることの出来る唯一の場でありました。しかし、この学会は市民科学の道を見失い、普通の「学会」への道を辿り始め、自ら作り上げて来た巣の中に閉じこもろうとする傾向が強まって来たように思われました。私はこのことに強い危機感を持ち、ネット媒体に活動の場を移して社会的発言の場を作りだしていくことを提起して来ましたが、世話人会の大方の同意を得ることが出来ませんでした。私はこの学会の設立時より事務局を担当してきましたが、そろそろその役割を終えたと見て、学会の運営から身を引くことを考えてまいりました。
○しかし、福島に起きている事態に直面し、再びこの学会に果たすべき役割が残されていることがあると、考えを改めることにいたしました。これから始まる苦難の道を私たちは直視し、一人でも多くの命を守り抜くことが私たちの責務となりましょう。そのために私は老骨に鞭打って、再度皆さんと共に歩みを続けることにしました。
○これからの学会の進むべき道は、苦難の中にある人々に直接情報を提供し、行政機構にまで影響を及ぼすことでありましょう。そのために、討議を深め、即時的にその結果を発信して行かねばなりません。ネット媒体の有効な活用が緊急に必要となってきました。
○エントロピー学会が真に果たすべき役割はこの厳しい現状に対応するだけではありません。脱原発社会の見取り図を社会に提起することも、求められております。原発の問題を単にエネルギーの問題としてみるのではなく、原子力的なるものから離脱し、いかに新たなる循環型の社会システムを提起しうるかが、問われることになるのです。そこにこそエントロピー学会の神髄が問い直されることになると、私は思います。
○福島原発事故は国家の崩壊に繋がる深刻な事態です。私が暮らす九州でも、その影響は深刻です。アジアからの観光客に地域経済の再生の期待をかけていたのですが、福島事故の影響でその計画のすべてが水泡に帰することになりました。九州新幹線の開通を祝う派手な行事もすべて取りやめになりました。
○東北地方の農漁業の崩壊がもたらす影響は、計り知れないものがあります。衰退に向かっていた日本の経済は、おそらく再生能力の限度をこえてしまうことになりかねません。
○戦後、灰燼に帰した国土からこの国が立ち上がることが出来たのは、豊かな大地と水のおかげでした。そして、苦難の中にも希望の光を見た人々の思いでもありました。しかし、原子力災害の当事国となってしまった以上、そこには汚染された大地と水が残されてしまいました。故郷を追われ、生産手段を失った無辜の民に希望はありません。食糧生産手段の大きな部分を失ったこの国の行く末に楽観的見通しはあり得ません。
○幸いにして西からの卓越風が吹くこの国の惨害が、隣接国に壊滅的被害を及ぼすことだけは避けることができました。このことが唯一の救いでありました。
○放射能汚染の被害を免れ得た大地を最大限度まで活用し、食糧の生産能力を高めることが、緊急に必要なことになりましょう。故郷を失った被災地域の住民を、非汚染地域の耕作放棄地に入植させ、限界集落に活力を復活させることは、一つの目指すべき道ではないかと思います。そのためには強力な行政の後押しと、地域住民の理解が必要です。
○この極限状況の中に、真の意味の循環型社会の構築の道筋を指し示すことこそが、この学会の果たすべき役割であろうと、私は思います。エントロピー学会の再構築に向けて英知を結集していただくことを、願うばかりです。